大阪地方裁判所 昭和49年(行ウ)29号 判決 1976年7月15日
大阪市西淀川区大和田六丁目二番一九号
原告
大沢喜久夫
大阪市西淀川区野里三丁目三番三号
被告
西淀川税務署長 神戸勲
東京都千代田区霞ケ関三丁目一番一号
被告
国税不服審判所長 海部安昌
右被告両名指定代理人
高須要子
外一名
右被告署長指定代理人
水口由光
外五名
右被告所長指定代理人
辻本勇
外一名
主文
本件訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
1. 被告西淀川税務署長(以下被告署長という。)が原告に対し昭和四五年一二月一六日付でなした、原告の昭和四二年、同四三年及び同四四年各年分の所得税についての所得金額を別表更正所得額欄各記載の金額、所得税額を同表更正所得税額欄各記載の金額とした更正処分(以下本件更正処分という。)のうち、同表申告所得額欄各記載の金額、申告所得税額欄各記載の金額をこえる部分を取消す。
2. 被告国税不服審判所長(以下被告所長という。)が原告に対し昭和四九年一月一三日なした右更正処分に対する審査請求を棄却した裁決を取消す。
3. 訴訟費用は被告らの負担とする。
二、被告らの申立
(一) 本案前の申立
主文同旨。
(二) 本案に対する申立
1. 原告の各請求をいずれも棄却する。
2. 訴訟費用は原告の負担とする。
第二、当事者の主張
(本案前の申立について)
一、被告らの本案前の申立の理由
原告は、被告署長がなした本件更正処分を不服として、被告所長に対し審査請求をなした。これに対し被告所長は、昭和四八年一〇月三一日、昭和四二年分所得税につき一部取消、昭和四三年、同四四年分所得税につき請求棄却の裁決をなし、その裁決書謄本を昭和四九年一月七日原告に宛てて発送したところ、右裁決書謄本は同月九日原告方に送達された。一方原告が、本件更正処分及び右裁決の取消を求める本件訴を提起したのは同年四月一〇日である。
ところで行政事件訴訟法一四条には、取消訴訟は、処分又は裁決があったことを知った日から三ケ月以内に提起しなければならない旨及び本件の如く更正処分に対し審査請求ができる場合、右期間は裁決があったことを知った日又は裁決のあった日から起算する旨を定めている。
したがって本件訴の提起は、右期間を徒過しており不適法なものである。
二、本案前の申立の理由に対する原告の主張
1. 原告は、大阪市西淀川区に居住し、大阪市から公害病と認定された患者であり、転地療養の可否を検討するため、昭和四九年一月八日、徳島県名西郡神山町大字阿野地ノ平四一番地小谷正勝方へ赴き、同月一三日まで同所に滞在していた。そして同日帰宅し裁決書謄本が送達されているのを知ったものである。したがって仮に被告ら主張の如く、裁決書謄本が昭和四九年一月九日原告方に送達されたとしても、原告の不在中、原告の妻の大沢郁子が事情のわからないまま受領したものであり、原告が裁決書謄本を現実に受領したのは同月一三日である。
行政事件訴訟法一四条の処分又は裁決のあったことを知った日とは、当事者が書類の交付、口頭の告知その他の方法により処分の存在を現実に知った日を指すもので、抽象的な知り得べかりし日を意味するものではない。
したがって本件において、出訴期間の起算日は、昭和四九年一月一三日とすべきであり、本件訴は出訴期間内に提起されており適法なものである。
2. 原告は、昭和四九年三月二〇日頃から、腹部の強烈な激痛に襲われ、腎孟及び膀胱腫瘍と診断され、同月二三日から同年四月三日まで千北病院に入院した。
したがって仮に昭和四九年一月九日をもって裁決のあったことを知った日とするとしても、原告は自己の責に帰すべからざる事由により出訴期間内に本件訴を提起することができなかったのであり、右事由の止んだ日より一週間以内に提起された本件訴は、民事訴訟法一五九条により適法なものである。
三、原告の主張に対する被告らの答弁及び反論
1. 原告の主張事実はいずれも知らない。
2. 仮に、原告主張の如く原告が徳島県下に滞在していたとしても、次の理由により原告は、昭和四九年一月九日に裁決のあったことを知ったものといえる。
(1) 本件の如く裁決書謄本が送達され事実上裁決の存在を知り得る状態におかれたときは、それを知り得なかった特段の事情につき主張立証のない限り、送達のあった時にこれを知ったものと推定すべきである。
そして原告は、昭和四九年一月七日、大阪国税不服審判所の職員が、電話で裁決書謄本の送付先確認の照会をしたのに対し回答をしていることから、同日には裁決書謄本が送付されて来るであろうことを知っていたというべきである。また裁決書謄本を受領した原告の妻は、電話等により、直ちに原告に連絡することができたはずである。これらのことから、原告が徳島県下に滞在していたとのことのみをもって裁決のあったことを知り得なかった特段の事情があるとはいえない。
(2) 処分の受領権限のある者が受領した場合、その受領の時に本人が知ったものとしてその時から出訴期間が進行する。原告の主張によれば、原告の妻が裁決書謄本を受領したというのであり、原告は、不在中の郵便物等の受領権限を妻に与えていたものと考えられ、またいわゆる夫婦の日常家事についての代理権の規定(民法七六一条)の趣旨からしても、原告の妻は、裁決書受領の権限を有していたものといえる。
(3) 仮に原告の妻に右の如き権限がなかったとしても、右(2)記載の事情により、原告の妻が裁決書謄本送達の事実を知ったことは、原告自身が知ったことと同視すべきである。
3. 仮に原告が、原告主張の期間中入院していたとしても、それは出訴期間である三ケ月の全期間入院していたものでなく、又出訴期間が徒過する昭和四九年四月八日には退院しており、又入院中でも訴の提起はなし得るのであるから、原告主張の入院の事実をもって原告の責に帰すべからざる事由に該当するものとはいえない。
(本案について)
一、請求原因
1. 原告は、熔接業を営むものであるが、被告署長に対し、白色申告により、昭和四二年、同四三年、同四四年分の所得税につき、総所得額を別表申告所得額欄記載のとおりであるとして確定申告をしたところ、被告署長は、昭和四五年一二月一六日、同表更正所得額欄記載のとおりとする本件更正処分をなした。原告は、これを不服として、昭和四六年一月二〇日被告署長に異議の申立をなし、次いで異議申立後三ケ月を経過した同年四月二七日被告所長に対し審査請求をなした。被告所長は、昭和四八年一一月一六日、審査請求棄却の裁決をなした。
2. 被告署長のなした本件更正処分には次の如き違法がある。
(1) 原告の各係争年分の所得は、確定申告のとおりであり、本件更正処分は原告の所得を過大に誤認している。
(2) 本件更正処分の通知書には理由の記載が全くない。これは不服審査制度における争点主義に違反する。
(3) 本件更正処分は、原告の生活と営業とを不当に妨害するような方法による調査に基きなされたものである。
(4) 原告は、西淀商工会及び大阪商工団体連合会の会員であるところ、本件更正処分は、原告が右会員である故をもって他の納税者と差別するとともに商工会の弱体化を企図してなされたものである。
3. 被告所長のなした本件裁決には次の如き違法がある。
原告が、昭和四八年三月二七日被告所長に対し、本件更正処分の理由となった事実を証する書類の閲覧を請求したところ、被告所長は、同年七月二七日原告に対し、本件係争各年分確定申告書、本件更正処分決議書、所得調査等要約書の閲覧を許可する旨の通知をなした。右書類は本件更正処分の理由となった事実を証するものでなく、国税通則法九六条の書類には該当せず、右許可は、実質的に原告の書類閲覧請求を拒否したものである。
したがって、本件裁決は、国税通則法に定める手続に違反してなされたものである。
4. よって原告は、被告署長に対し本件更正処分の取消を、又被告所長に対し本件裁決の取消をそれぞれ求める。
二、被告らの答弁
1. 請求原因1のうち、本件裁決をなした日及び昭和四二年分につき請求棄却をなしたとの事実を否認しその余の事実は認める。本件裁決をなした日は昭和四八年一〇月三一日であり、又昭和四二年分については一部取消の裁決をなした。
2. 請求原因2のうち本件更正処分の通知書に理由の記載がないことは認めるが、その余は争う。
3. 請求原因3のうち原告が、原告主張の日付で担当審判官佐藤和夫に対し書類の閲覧請求をなし、これに対し同審判官が原告主張の日付で原告主張の書類の閲覧を許可し原告に通知したことは認めるが、その余は争う。
理由
一1. 原告が、被告署長に対し、昭和四二年、同四三年、同四四年分の所得税につき、原告主張の如く確定申告をなしたところ、被告署長が、昭和四五年一二月一六日本件更正処分をなしたこと、原告が、本件更正処分を不服として昭和四六年一月二〇日被告署長に対し異議の申立をなし、次いで同年四月二七日被告所長に対し審査請求をなしたことは、当事者間に争いがない。いずれも成立に争いのない乙第一ないし第四号証によれば、右審査請求に対し、被告所長は昭和四八年一〇月三一日、昭和四二年分については一部取消、昭和四三年、同四四年分については請求棄却の裁決をなしたこと、そして昭和四八年一一月一六日から同年一二月一九日までの間三回にわたり右裁決書の謄本が郵便で原告宛に発送されたが到達せず、大阪国税不服審判所の職員が電話で原告の住所を確認したうえ、昭和四九年一月七日再度書留郵便で右裁決書謄本が原告の肩書住所地宛に発送され、同月九日原告方に送達されたことが認められる。また原告が本件更正処分及び本件裁決の取消を求める本件訴を提起した日が昭和四九年四月一〇日であることは本件記録により明らかである。
2. ところで、行政事件訴訟法に定める取消訴訟は、処分又は裁決のあったことを知った日から三ケ月以内に提起しなければならず、また、本件更正処分の如く処分に対し審査請求ができる場合に審査請求があったときは、右期間は、審査請求に対する裁決があったことを知った日又は裁決の日から起算されることとなる(行政事件訴訟法一四条)。そして前記認定の事実によれば、原告は、特段の事情がない限り裁決書謄本が原告の住所地に送達された日である昭和四九年一月九日に、本件裁決のあったことを知ったものと推定される。原告は同月八日から同月一一日までの間、徳島県下に滞在していたため裁決書謄本が原告方に送達されたことを知らなかった旨主張し、その証拠として甲第三号証(小谷正勝作成名義の証明書)を提出しているのであるが、右甲第三号証が真正に成立したものであることを認めるに足る何等の証拠もないのであるから、同号証は採用し得ず、他に右主張事実を認めるに足る証拠はなく、また他に前記推定を覆すに足る特段の事情を認むべき証拠もない。
3. 以上によれば、本件更正処分及び本件裁決の取消を求める訴は、昭和四九年一月九日から起算して三ケ月以内に提起しなければならないところ、本件訴の提起は右出訴期間を徒過してなされたことが明らかである。
二、また原告は、昭和四九年三月二〇日頃から腹部の激痛に襲われ、腎孟及び膀胱腫瘍と診断され同月二三日から同年四月三日まで千北病院に入院したので、自己の責に帰すべからざる事由により出訴期間内に本件訴を提起することができなかった旨主張するところ、仮に右事実が認められるとしても、前記認定の出訴期間の全期間病床にあったというものでもなく、また入院期間中といえども弁護士に訴訟を委任したり、もしくは使者を使う等して訴を提起することが可能であり、したがって右主張事実のみをもっては、原告の責に帰すべからざる事由により出訴期間を徒過したものということはできない。
三、以上の理由により、原告の本件訴は行政事件訴訟法一四条に定める出訴期間を徒過してなされた不適法なものと認められる。よってこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 奥村正策 裁判官 寺崎次郎 裁判官 山崎恒)
<省略>